2023年3月11日

12年目の3.11

みなさん、こんにちは。きしべ都です。

12年目の3月11日です。

もうすぐ2時46分です、

12年前、初めての選挙を前に

関内の県連のビルでマイクを持ち、演説の講習を受けていました。

大きな揺れにびっくりした次には、

窓から見える関内のビルが大きく揺れるようすに

ただならぬものを感じました。

県内各地から集まっていたメンバーも交通が動くうちにと

解散し、関内から歩いて通町の事務所に向かいました。

鎌倉街道はすでにバスは満員で道は渋滞、

多くの人と歩きました。

途中、コンビニによって水と何か食べ物を買おうと思いましたが、

どんどん、棚がからっぽになっていきます。

それでも2時間もかからず事務所に戻り、

幸いなことに水も電気もとまっていなくて安心しました。

息子が自転車できてくれて家族の無事を知らせてくれました。

事務所のすったふのTさんの中里のおうちは停電しているとのことで

その日は事務所に泊まってもらいました。

家に帰ってテレビをつけて津波を知り、

原発の事故を知りました。

何が起こっているのか、

もう選挙はないのではないかと思ったことを今でも思い出します。

19198票いただいて 送り出していただいた

神奈川県議会では

黒岩知事の公約であったソーラーの導入、

被災地への支援、被災者の受け入れ、

復興への支援、

災害廃棄物の受け入れ、

県の防災計画の見直し

多くの見直しが行われました。

12年たっても被災地は復興したとは言い切れません。

あの時の思いを忘れずに

自分のまちへの備えを怠らずにすすめていきたいと思います。

以下は立憲民主党 泉代表の談話です。

東日本大震災から12年を迎えて

                  立憲民主党代表 泉 健太

東日本大震災、そして福島第一原発事故から、12 年を迎えました。

あらためてお亡くなりになられた全ての方々に深く哀悼の誠を捧 げます。

また被災された全ての皆様にお見舞い申し上げます。

道路や橋、堤防など、被災地のインフラ復旧は確かに進みました。

しかし被災者の皆様は、

今も生活、仕事、学業、コミュニティの再生 などで様々な困難を抱えています。

立憲民主党は各地において、

生活 する皆様に寄り添い、支援を続けます。

昨年の 3 月 11 日は、

宮城県石巻市震災遺構「大川小学校」にて慰 霊視察を行いました。

ご遺族の方が、

「悲劇を繰り返さぬために、そ の日に何ができるかではなく、

その前までに、いかに肌感覚で対策を 作れているか」と

語っておられたことを思い出します。

災害対策の立 案では、誰もが大切な人を思い浮かべ、

助けねばと想像し、検討する ことが重要です。

あらゆる自然災害を想定し、減災、防災対策の強化 を通じ、

皆様の命と暮らしを守る決意です。

福島においては、浜通り全域の1日も早い避難指示解除に向け、

環 境整備に全力で取り組みます。

原発の廃炉や処理水の海洋放出につ いて、

地元の皆様からの疑問や不安は消えていません。

政府には、誠 実な対応と慎重な判断を求めます。

本年4月には、福島県浪江町に

福島国際研究教育機構(F-REI)が 設立されます。

福島復興を新産業の研究開発の面から支えていくこ とは

未来への希望でもあります。

私たちも、万全な運営体制と持続可 能な予算の確保を実現してまいります。

全ての被災者の皆様、そして被災地に、

もっと良い未来が訪れるよ う、

立憲民主党はこれからも全力を尽くしてまいります。

                             以上




 

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