2018年11月26日

蒔田吉良歴史研究会

みなさん、こんにちは、きしべ都です。

「忠臣蔵」の赤穂浪士の敵役でおなじみの吉良氏は
15世紀に
蒔田から世田谷まで
広大な領地をもっていたといいます。
地下鉄蒔田駅近くの
丘の上に
横浜英和学院の校舎が建っています。
その場所に戦国時代
吉良家の居城があったそうです。
今は学校敷地内に
跡が残るだけの「蒔田城」
その城の役割やって
当時の暮らしは?
愛知県の吉良との関わりは?
吉良上野介との関係は?
『地域の歴史を知り、今を見つめ・未来を語り合う』を
キーワードに、
私たちが住み・働き・学び・憩う町をもっと知ろう、
と、誕生したのが「蒔田の吉良歴史研究会」です
講演会の開催、史跡散策、
他の歴史研究会との連携など行っています。

土曜日に行われた
第14回の吉良歴史研究会の講演会は、
原三渓生誕150年記念の「横浜今昔濱自慢」と、
蒔田城と小田原北条氏から嫁いだ姫たちの
「蒔田吉良まぼろしの城と鶴松姫」
蒔田の吉良を浪曲で広めようと
浪曲師 東家 一太郎さんの
名調子で勉強しました。

小田原北条との縁、
北条早雲の時代
吉良政忠の孫「頼康」と
早雲の孫、
北条氏綱の娘「崎姫」との婚姻,
崎姫の連れ子である氏朝が
4代目吉良家当主となり
再び北条早雲の孫、
北条幻庵の娘「鶴松姫」が嫁ぎ、
そのときに
北条幻庵が嫁ぐ娘に持たせた
「嫁に行く心得」24項目の覚書
「北条幻庵覚書」
これは資料として配られましたが、
本物は
4年前に横浜歴史博物館にて
「蒔田の吉良氏 戦国まぼろしの蒔田城と姫君」
の企画展で、展示されたそうです。

今も吉良氏のご家来だった
方々の子孫が
蒔田を中心に
住んでいらっしゃいます。
戦国時代から続く
蒔田の歴史
細々ですが、
研究会に参加し、
勉強させていただいています。

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